紅秋書道、墨絵アート

紅秋 (ルーカス明美)

山口県美祢市の小さな町、美東町生まれ。3歳で癌により左目の視力を失う。字のバランスが取れない娘を気にかけ、 8歳で母に連れられ藤本青山の『鳳南書芸会』にて書を始める事になる。 16歳で青山師の指導の元、文化書道学会に入会し西脇呉石の書風を学び、その後更に多数の著名な書家の書風にも触れる。

 

24歳で師範の免許を取得し、雅号『紅秋』を受理する。その翌年、英国での語学留学からの帰国後、地元で英会話教室及び紅秋書道教室を開設し書道の指導を始める。その後も青山師に師事し続け、南画、水墨画、篆刻、表装を学び、揮毫士教授の資格、ペン字師範を取得する。同時に地元のギャラリーで数回に渡って作品を展示する。

続きを読む

英国人の夫との結婚生活わずか5年目の1998年、死別。夫の遺した娘の教育への思いを叶える為教室を廃業し、1歳の娘を連れて渡英する。 のちに英国にて紅秋書道教室’Koshu Japanese Art‘の再開校を果たす。

 

2013年のロンドンでの個展を機にそれまでの紅秋の歩みを綴った書道作品集『愛と夢』を出版する。個展には英国日本大使代理や日本政府観光局局長も出席され、 日本人を含む多くの来展者で賑わい、高い評価を受ける。紅秋は青山師が遺した言葉を守り続け、基本練習を絶えず行い、誰がみても奇麗な字と思える作品を意識し、真心を込めて制作活動に励む。特に長年に渡る鍛錬で紅秋独自の立体的に見える『白浮技法』を使った作品は多くの人を魅了し、国際的に書道家として大きく一歩を踏み出した個展となった。

 

2016年5月には、第三回目の生徒の作品展を開催し、作品計110点を展示し、指導者としても高い評価を受ける。紅秋は国籍、年齢問わず誰に対しても隔たり無く、常に個々の能力と可能性を最大限にのばす事に力をいれている。その情熱と人柄に魅了され遠方からも多くの生徒が求めてくる。 英国各地での書道、墨絵、篆刻のワークショップの開催と並行して、東京の文化書道学会を通し毛筆、硬筆ともに検定の指導も行う。現在では毛筆、硬筆部門共に 師範を2人、6人の有段者を生み出し国際的に後継者の育成にも力をいれている。

 

2016年7月にはオックスフォードでの国内外から参加する国際的なアートイベント、『アートインアクション』に2度目の参加の依頼を受け、作品の展示及び書道、水墨画のデモンストレーションをする。 紅秋の英国での活動が認められ、10月には日本の下関旧英国領事館施工110周年記念特別イベントとして紅秋の書道作品展『心花』及びワークショップの開催をする依頼を受けた。筆を持ち始めて40年以上の歳月が経った中での旧英国領事館での紅秋作品展では、東洋と西洋、過去と未来の調和、そして紅秋の人生の歩みを表現した数々の作品を展示する。この作品展のタイトルは、 青山師から雅号を受理した時に渡された言葉だった。『〜濁った泥の中に生まれながら、それでも清らかで美しい花を咲かせる蓮の花のように、どんな苦難の中でも蓮の花の心を忘れないように〜。』との師の想いが込められている。この作品展の内容はテレビや新聞に掲載され紅秋と母国との繋がりを更に強くし、紅秋の人生の歩みに大切な『時』を刻んだ作品展となった。

 

紅秋の波乱な人生を通し表現する作品には、どこかシャープでソウルフルな力強さが感じられ、多くの人の心を打つ。紅秋曰く、彼女にとっての書とは、『言葉を越え心の奥に届くメッセージでありたい。』と。今では紅秋の作品や出版本は英国や日本を始め、 さらに国境を越え、言葉を越え世界各地に広がり愛され始めている。

 

今後は海外でのワークショップ開催、2冊目の本の出版、そしてロンドンでの作品展の開催へ向けて活動が続く。

英国にての紅秋の書道活動

2001—2006年英国、日本に一時帰国。2010年に再渡英、現在までの書道活動

紅秋の作品展

2001年6月 サウスナットフィールドにて、エリザベス女王60年記念祭にて書と水墨画を数点展示
2004年2月 ブレッチングリー中央ギャラリーにて紅秋ソロ作品展『真心』を開催
2004~06年 イーストクロイドンのホテルのロビーに作品を数点展示
2013年11月 ロンドンフレイムレスギャラリーにて紅秋ソロ作品展『愛と夢』を開催
同時に『愛と夢』の紅秋の作品集を出版する。
2014年7月 オックスフォードで行われたアートインアクションにて多数の作品を展示
2016年7月 オックスフォードで行われたアートインアクションにて多数の作品を展示
2016年10月 下関旧英国領事館施工110周年記念イベント、紅秋書道作品展『心花』〜光と繋がる瞬間〜を開催

ワークショップ及びデモンストレーション

2004年4月 リングフィールドにて、日本書道、水墨画の講演及びデモンストレーション実施
2010-12年 英国の私立ウォールディングハム学校にて2ヶ月に一度訪問し書道の指導をする
2011年10月 紅秋の生徒の作品展にて、書道のワークショップ及び、和風カード制作ワーク シ ョップを実施
2011年 — 自宅にて定期的に篆刻のワークショップを実施
2013年5月 英国の公立ウェイブル学校にてワークショップを先生のクラス、日本語クラブのクラス、アートクラスに分けて書道のワークショップを実施
2014年7月 オックスフォード、ウオーターペリーにある哲学の学校の敷地を使ったイギリス最大 のアートイベントに招待され、書道のデモンストレーションを4日間にかけて実施
2014年9月 ケント州でイギリスのカリグラフィーグループから依頼を受け書道のワンデーワークショップ実施
2014年11月 ケント大学でのイベント、アニフェストに参加し2日間にかけてワークショップ 及びデモンストレーションを実施
2015年2月— 休みの期間に子供用の書道、墨絵、篆刻のワークショップを開始
2015年7月 英国の公立ウェイブル学校のジャパン祭りにて書道ワークショップを3クラス実施。
2015年11月— 自宅での書道、篆刻のワークショップにプラスして、毎月数回に分けて墨絵のワ ークショップを始める。遠方からワークショップにも参加される生徒もどんどん増え始める。
2016年7月 オックスフォードのアートインアクションに2度目の依頼を受け、墨絵、書道のデモンストレーション及び作品展を4日間にかけて実施する。
2016年7,8月 ケイトラムにて墨絵のワークショップを実施。
2016年10月 下関旧英国領事館施工110周年記念イベント、紅秋書道作品展『心花』〜光と 繋がる瞬間〜開催中に書道、墨絵のワークショップを7回実施。

紅秋書道教室

紅秋の教室やワークショップには、6才の子供から80歳までの様々な国籍を持つ生徒が来ます。遠方の方は近くに宿泊され参加されます。日本人の生徒もいますが、日本語も分からない、初めて書道をする方も多く、中には病気で利き手の右手が使えない生徒もいます。根気強く書道のレッスンに通い、墨絵や篆刻のワークショップにも参加し素晴らしい作品を制作しています。また、心に傷を持ち、何かを求めて来る生徒もいます。

 

彼らは日本の文化や、書道や墨絵の技術を学びたいと来るのですが、中には心と向き合うために来る生徒もいます。紅秋は技術だけを教えるのではなく、師匠から学んだ心の部分、紅秋自身の人生を通して学んだ事なども伝えています。少人数でのレッスンで生徒一人一人の心の状態をみながら、可能性を見極め、最大の上達に繋がるよう、一瞬一瞬を大切に接しています。

 

大人の生徒だけでなく子供達にも基本練習や検定チャレンジなどの合間をみては、時々各自にプロジェクトとして自分で選んだ言葉に想いをいれて作品に仕上げて行く機会を与えています。中には書の作品に墨絵をいれて一つの作品に仕上げる生徒もいます。篆刻も各自がデザインし制作します。限りない想像力を使い、制作していく深い喜びを感じ、そして作品を仕上げる為に自分の心と向き合う機会としてプロジェクトに取り組む事も大切にしています。

 

2003年生徒の作品展 第1回目ブレッチングリーセンターにて (20点の作品の展示)
2011年生徒の作品展 第2回目ケイトラムミラーセンターにて (42点の作品の展示)
2016年生徒の作品展 第3回目エプソムボーンホールにて   (101点の作品の展示)

 

紅秋の教室では、毎週通ってくる生徒も年々増えてきて、検定試験にチャレンジを希望する声も出始めた為、2012年より東京の文化書道学会を通し、検定試験を始めました。現在では毛筆部門に16名、硬筆部門に7名が登録し真剣に取り組んでいます。そのうち現在6名(2名日本人、1名ハンガリー人、2名英国人、1名中国人)が有段者です。 今回硬筆部門で師範を取得し最終段階の6段まで達成された生徒さんもいます。毛筆では段のチャレンジになると5−6作品の提出が課せられます。楷書、行書、草書体だけでなく、かな書き、隷書体、そして自運の作品も制作して行きます。言葉の壁は大きくかなりのチャレンジですが、師範を目指す生徒の想いに答えられるよう、真剣に取り組みサポートをしています。

Koshu Japanese Art 紅秋書道、墨絵アート
紅秋書道、墨絵アート

紅秋のその他の作品依頼、または作品の購入 (数例)

2004年5月 劇団の舞台道具として屏風を手掛ける

 

2004年6月英国に住んでいた家族が作品展に来られ、その後連絡を受け作品の依頼。子供が自閉症だと診断されフランスに帰国する前に、『希望』の作品を書く

 

2006年2月英国にある中国SeeWoo Foods Limited 泗和行のパンフレットに使う言葉を数点制作

 

2012年6月(Chugai Pharma UK co)英国中外製薬株式会社から、社内スタッフの名前入りのブックマーク44枚を書く

 

2012年9月フィリピンから詩を書作品にする依頼

 

2012年10月英国三菱自動車会社からパンフレットに使う言葉の作品の依頼

 

2014年3月映画のタイトルを作成 “Imphal 1944”

 

2014年6月世界的大企業の(Libra Group Ltd)リブラグループのヨーロッパで行われた特別ディナーのテーブルに置く名前及び肩書き(会長他20数名分)のカードの依頼

 

2014年7月フランスに住む友達にと龍の篆刻の依頼

 

2014年10月英国華道池坊553年を記念し、日本から45代家元を招待される特別展示会にて、書かれた短歌を全紙サイズで作品にし、入場口に展示された

 

2015年4月(Made by Analogue) メイドバイアナログ株式会社からジンのボトルに書く名前の書の依頼

 

2016年7月歯科医院の待合室に置く大きいサイズの作品の依頼

 

2016年8月カナダから篆刻の依頼

 

インテリアデザイナーの会社のショールームとオフィスに数点の作品の依頼

 

英国の居合道グループ、合気道グループ、空手グループ多数からロゴ、篆刻、道場訓などを依頼

 

タトゥーの会社から多数の作品の依頼(作品をタトゥーに使う為のデザインだが、同時に額装用の作品としての制作の依頼)

 

ポルトガルの霊気道場から10数点の作品及び篆刻の依頼( ポルトガルでワークショップを開催する依頼もある)

 

多数個人的な依頼、(例):恋人に、家族に、友人に、同僚に。自分自身が苦境にいて、勇気づける為に。再結婚したご夫婦が新たな人生を歩む為にと依頼など

 

日本からも作品の依頼、(例)結婚祝い、陶芸家の看板、将棋道場の看板、サロン開店用の作品など

紅秋の作品 日本レストラン

2011年、ロンドン、リッチモンド(高級住宅地)に位置する日本レストラン『マキ』に紅秋は書道作品の依頼を受ける。パネル5枚に書き奥からライトを通すデザインで、調和をイメージし『和』を一枚に書き、後は季節、春、夏、秋、冬の季節の和歌と俳句を選び、一年中来られるお客さんに調和を感じてもらいたいという想いで作成した。またトイレの壁には日本女性の着物の姿と、桜(男性トイレ)竹(女性トイレ)を描き、和歌を書いた。マキ日本レストランは、家族、恋人達にとても人気で、常に予約で一杯である。

 

2014年、ロンドン、イーリングに位置する日本レストラン『神戸寿司』に紅秋の書道作品の依頼を受ける。『気』と書いた作品は壁2カ所に大きくあり、看板、メニューにも使われている。良い気のエネルギ−を与えられたらと想い、建築デザイナーと検討し『気』を書く事にした。神戸寿司も気楽に行けるレストランでとても人気がある。

紅秋と関わりのある書家(暁風書院、近代書家系譜参考)

吉冨紅秋(ルーカス明美(1967- ) 八歳で藤本青山の『鳳南書芸会』にて書を学び始める。師の指導のもと西脇呉石の書風を学びさらに多数の著名な書家の書風にも触れる。二十五歳で山口に紅秋書道教室を開設し、平成十四年より英国にて国際的に日本文化、芸術の紹介に積極的に取り組み、東洋と西洋の芸術をブレンドした独自の作品を制作する。

続きを読む

藤本青山 (1919–2004) 山口県に生まれ有田海鶴に師事。山口市に『鳳南書芸会』を開設し日本書道揮毫協会副会長を勤める。師、鶴堂の遺言で西脇呉石(日下部鳴鶴に師事)の書も学ぶようにと告げられ、呉石の書風と共に教育書道の基本練習に徹底した。『数理的結構法』を提唱し『美しい字』の探究に時間を惜しまず、一生涯を後進の育成に精進した。また表装の技術が達者で文化財の書作品の修復に貢献した。

 

 

有田鶴堂 (1899-1974) 山口県長門市に生まれ大正9年上京し書家の第一人者、日下部鳴鶴の門を叩く。鳴鶴の紹介で丹波海鶴に師事し、書家として歩み始める。仮名においては小野鵞堂(仮名書道の祖と呼ばれる)と高塚竹堂に師事し、当時の一流の大家と交わり日本の教育書道の革新と実用書道、芸術書道の振興に貢献した。小学校教論として転じる一方、萩に『暁風書院』を開設、後進の育成に精神的に取り組んだ。

 

丹波海鶴 (1863-1931) 日下部海鶴に師事。明治から大正にかけて活躍した書家で鄭道昭や初唐の楷書を基調とした海鶴の書風は海鶴流と称され一世を風靡した。比田井天来近藤雪竹と共に書壇の双壁をもって目され、書道教育界に影響を持ち習字教科書の書風を改革して近代書道教育の発展に貢献した。

 

日下部鳴鶴 (1838-1922) 明治新政府の内閣大書記官を勤め、退官後楊守敬の影響を受けて鳴鶴流を開いた。中村悟竹、巌谷一六と共に明治の三筆と呼ばれる近代書道の確立者の一人である。芸術家としても教育者としても多大な功績をあげたと称えて『日本近代書道の父』と評される。数多くの弟子を育成、現在でも彼の流派を受け継ぐ書道家は多い。

紅秋書道、墨絵アート